Diary

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遅すぎるあけましておめでとう

2010年02月18日
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なかなか日記が書けずでした。

明けすぎましたが、あけましておめでとうございます。
今年もガッツリ育児に仕事に頑張っていこうとおもってます♪

埼玉に引越し、働き始めて8ヶ月。 8ヶ月前よりは少し楽になったかな。
ゆあも元気に保育園に行ってくれるし、生活も落ち着いてきたし。。

でもまだまだ大変。泣 

芝居が見たいやりたいダメだしされたい 笑
フィリピンに行きたい山で生活したい海に行きたい 笑

そして、ときめきたい! 笑


今は娘にときめいてばっかなんで、久方ぶりにときめく男性に出会いたいですね。

まだ心に余裕がないのかも。

もう少しもう少し。
ゆっくりゆっくり。

向かうべきものは自分自身。

今年も誇れる自分でいられるように。

Merry X'mas!

2009年12月24日
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サンタクロースになりました 笑
すまいるエフエムで着ぐるみを着せられ(!?) 初のサンタ姿自分に楽しんでいました。
ちょっと怪しいサンタクロースです。泥棒か!? 

これで放送しました。

人々は一瞬私を見ては目を逸らそうとしたので、私は無理やり手を振りました 笑



ちなみにユアはサンタクロースが大嫌いで、「サンタさんは?」と聞くと、泣きそうな顔をします。
先日クリスマス会に行ったとき、サンタさんと写真を撮るというのがあって、
サンタさんの膝の上に乗せようと思って抱きかかえ膝に乗せようとした瞬間、


「ぎゃーーーーーーー!!!!!!」


と大泣き。 


そのままパシャ。




んーーー。   いい写真だった。



その写真は次回載せます♪


さ、今日はお家でクリスマス会だ♪

叱ると怒る

2009年11月25日
最近ユアは「おかあさんといっしょ」が大好き。

「元気な声でパワー♪」って一緒に手を動かして踊っている。



なので私は「おかあさんといっしょ」を録画した。
というのは、普段は見れないから。朝は8時半からだし、夕方は4時半からだし。
朝7時半に家を出て、5時半に帰ってくるのでいつも見れない。


したら最近そればっか観てるユア。
DVDとTVのリモコンを持ってきて、「ちい、ちい!」(もう一回)(手つき)

何度も何度も同じのを観る。


仕事から帰ってお迎え行って、家につくのが6時前。ゆあが寝るのが8時すぎ。
家に一緒にいる2時間は一緒に遊んであげたいもの。だから、夕飯は前の日に仕込みを済ませて、帰ってすぐ食べられるようにしてある。 
そしてテレビは見過ぎないように心がけている。




でも今日は、「もうテレビないない」って言ってもまたリモコンを持ってきて「ちい、ちい!」
テレビを消すとぐずる。


頭にきて 「じゃ、勝手に観てなさい。ママ洗い物するから一人で観てなよ」

と、流し台へ。


それでもユアは、一緒に観たかったのだろう、リモコンを持って「ちい、ちい!」

ママは「一人で観てればいいじゃん!ママ、テレビ見てるユアとは遊ばないよ」


こんな大人気ないやりとりがしばらく続き。。。。 
泣きにはいるユア。ママは折れない。「テレビ観てればいいでしょ」


テレビを見すぎだっていうのを教えたかったんだけど、わかんないよね。
だって今までは見てたものを、なんでいきなり見ちゃいけないのか、わかんないよね。
ママも一緒に見て踊ってたのに、なんで急に踊ってくれなくなっちゃったのか、わかんないよね。



頭にきていた私、泣いてママに抱きついてくるユアに対して「テレビみてればいいじゃん」
これはないよね。。。。
そして結局、泣くユアを抱っこして「もう寝なさい」と寝かす。お風呂も入らず歯も磨かず。。。



そして、反省。。。。。。


自分の感情に左右されてしまったママが悪い。
今日は、「叱る」のではなく、「怒る」だった。叱るときは、いつも冷静でなくてはいけないと思う。今日はただ自分の感情をユアにぶつけてイライラしてただけ。




ごめんね。



明日はいっぱい抱きしめてあげるから。

一緒におかあさんと一緒みようね。 (ちょっとだけね)

ぎっくり

2009年11月19日
久しぶりにやりましたあ!





ぎっくり腰。 笑








って、笑い事じゃなーーーーーーーーーい!







やった次の日、寝たきりおばあちゃん。

それでもユアの飯は作らんと、と1分かけて立ちあがり、台所へ向かうところ。


ゆあが、私が横になっていたソファーをポンポンと叩いている。







まるで 「寝てなよ」 っと言っているかのよう。

なんとやさしい子! 

ママが寝たきりなのを邪魔しないで休ませてくれ、しかもママが頑張ろうとすると
「休んでなよ」。って? 泣けてくるよ、ユア。
なんて親孝行の1歳児なのでしょう。


こうしてママは、ユアのおかげで腰が回復に向かっていったのでした。
ゆあちゃん、ありがとう。
そして手伝いにきてくれたおばあちゃん、ありがとう。


早く良い男見つけて結婚するからね! 






ちなみに。

腰がよくなったとたん、ゆあがママの背中にのって「おうまさんパッカパカ」をやれやれとせがんできます。 
あのーーーー。。。まだ本調子じゃないんですけどーー。。。
またぎっくりやったらシャレにならないんですけどーー。。。



やっぱり早く良い男見つけて結婚するべきだ! そしておうまさんパッカパカやってもらおう!


(とうぶん先になりそうですが)

フィリピン

2009年11月05日
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日々の急がしさに追われ、ずっと日記がかけませんでした。

先日早稲田大学行われたアバンギャルドのシンポジウムに朗読で参加したとき、
初めてお会いしたメイクさんとご挨拶をしたとき、

「あー。竹内さんですか。HP見ましたよ。いろいろやられているんですね」

とお話してくださり、自分の日記を見ていて下さる方がいるんだ、って思ったら、

嬉しくて、再び「書こう」と決心しました。
日々の自分の気持ちを綴る日記。
悩んだり迷ったりしたとき、立ち止まって過去を振り返ると、ヒントがもらえたりする。
自分のためにも書いていこうと思います。


えーーーと。。。。

もうずいぶん前のことのような気がしますが、9月3日にフィリピンのバギオで「日比国際平和演劇祭」で、舞台に立たせて頂きました。

国際交流基金から助成金をいただき、バギオにお住まいの日本人プロデューサーの立案により、フィリピン人脚本、日本人演出、そして役者はフィリピン人と日本人。



題名「ケノンロード 国際平和と調和への道」

Kennon: Road to Global Peace and Unity 



およそ100年前に、フィリピンの首都マニラと「夏の首都」と呼ばれる
高原避暑地バギオを結ぶ山岳道路であるベンゲット道(現:ケノン・
ロード)建設に携わった多くの国籍の人々。 その中に、大きな役割を
果たし、また病気や事故で多くの犠牲者を出した日本人たちがいました。 
これらの日本人は「ベンゲット移民」と呼ばれ、近代における日比の
人的交流のさきがけ となったのです。

このことは、「北部フィリピン高地に於ける日本人パイオニア達」
編集: パトリシア オオクボ アファブレ、発行:北ルソン比日基金 

Japanese Pioneers in the Northern Philippine Highlands
Edited by : Patricia Okubo Afable
Publisher : The Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon, Inc.
に詳しく記録されています。


劇作家で演出家のVentura Bitot氏は、この書籍に記された日本人、日系人の
歴史にもインスピレーションを得て、山岳民族の音楽と踊りをとおして、
このミュージカルをフィクションとして創作しました。 

ベンゲット道建設の苦難の道、そしてバギオの繁栄。 さらに第二次世界
大戦の悪夢。 恒久平和を祈る人々のドラマはどのように展開していくのか。


ちなみに演劇祭が開催された9月3日は地元では「山下大将降伏記念日」と
して伝えられてきました。 その名称が地元の退役軍人会やシニア市民の
皆様のイニシアティブによって「比日友好の日」と改められることと
なりました。

精霊たちに導かれて、100年の時を超えた平和への祈りを捧げます。

尚、この演劇祭に於いて、第二次世界大戦中のエピソードを元にした
ふたつの小品が披露され、 これもDVDに収められています。

“ THE REMAINS “ 「亡霊の彷徨う街」

Special Guest : Dancer Jun Nishio AManTo
Written by : Tamotsu Sase
Directed by : Toshihisa Yoshida
日比の俳優による朗読と、傾舞の舞踏家 純天人の共演。

第二次大戦末期、フィリピンの日本軍と在留邦人はバギオからさらに
山岳地帯へと追い詰められ、極限の飢餓地獄の中にありました。
この物語は、元日本兵、及びバギオ周辺へ戦没者慰霊に訪れた方々、
それに元抗日ゲリラであったフィリピン人の話、体験者による戦記などを
元にフィクションとして創作された物語です。


“ SOLVEIG’S SONG “ 「ソルヴェイグの歌」
Written by : Tamotsu Sase
Directed by : Toshihisa Yoshida
日比の俳優による演劇。

第二次大戦中、アメリカ軍のフィリピンへの反攻が急を告げていた頃の物語。
フィリピン人のダン・ディゾン氏が3歳の頃に、ピアニストであった母親と
共に体験し記憶に残っていた事実を元に創作されたフィクション。
ヌエバ・ビスカヤ州バヨンボン町での、日本軍と抗日ゲリラとの音楽を通じた
交友を描く。 このタイトルは、その3歳の男の子の心に残っていた曲である。

詳しくは プロデューサー小国さん http://janl.exblog.jp/i13/ のブログにて。






以上の作品を3部作として上演しました。

ここで、フィリピンでのありえないエピソードをいくつかご紹介しますね。


フィリピン人の時間に対する感覚は、ありえない。稽古開始時間に全員集まることはまずなかったです。必ず誰かしら遅刻、その遅刻も30分とかならまだまし。

2時間3時間遅れてくる人、しまいには来るといって一日来ない人、たくさんいました。

日本人が時間に対して真面目すぎるのか。。。。

お昼の休憩中、たとえば1時に稽古開始だとすると、日本人だったらまあ、10分前くらいには食べ終わって支度して5分前には稽古場に着くようにしますよね。
フィリピン人は1時になってももう一品注文する、くらいの勢いです、はい。


こんなんが本番前まで約1ヶ月間続いていました。

まさか本番遅刻するんじゃないか、と心配していましたが。。。。。


さすがに本番は大丈夫でした。


しかし本番当日の朝、遅刻した人はいたような。。。。考えてみると、時間通りに全員集合できた時って一日たりともなかったような。。。。。稽古、全員そろってできた時って、当日のリハーサルだけしかなかったような。。。。。


ま、いっか。


それがフィリピンスタイル。 あまりの酷さにキレ、断乳後久しぶりにヤケ酒して、サンミゲルビール一本で顔真っ赤になってた日もありーの。。。。


娘のパパにグチって八つ当たりした日もありーの。。。。


今となっては笑い話ですが♪





それから、また泣きました。怒りが爆発していつものごとく。。。
本番前日のリハーサル、あまりの役者のテンションの低さとやる気のなさ(に私は思えた)に、悲しくて。 芝居やっていて楽しくないのなんて役者として失格でしょう。
役者が楽しくないものなんてお客さんだって楽しめないし。

ダメだしの時、ある役者が「今日のリハーサルは良かった」と言ったことに対して
「今日のリハーサルは最悪だった」と言った。


この感覚のズレ、なんなんでしょう。


前回、演出をやらせてもらったときも、この感覚のズレにより、キレ泣きしました。


でも誰が悪いわけでもないんですよねー。 リハーサルが良かったって言った彼に「どういう感覚してんだ!」とか怒ってみても、なんか変わるわけではなく、

それが国際交流の難しいところなんですよね。
だってその彼にとっては、それでいいんだもん。


そんな感覚のズレも多々ありましたが。

本番は待ってはくれずやってきて、そしてあっという間に終了しました。

1枚目の写真、私が好きなシーン。第二次世界大戦で家族を全員失ってしまった人が、途方にくれているところにある家族が来て、
「安心して。戦争はもう終わったんだ」「虫は戦争の恐怖なんて知らないんだろうな」

というシーン。私の芝居はまだまだだったものの、相手のユリーくんの芝居はすごく良かった。
負けたよユリー。


感覚のズレとさっきから言っていますが、パフォーマンスレベルの意識が違っても、
いい芝居ができるかできないかは全く別のものなんだ。



と、自分自身にダメだし。





そして。

もうひとつありえないことが起こった。


本番前日の、会場ダブルブッキング。。。。


会場側の管理が原因だったみたいですが。。。。。  ありえないでしょ。





そんな面白いことがたっくさん起こる国、フィリピン。



だいすきです。





そこで私は8月15日、29歳の誕生日を迎えました。

稽古中、休憩に入ったとき、タバコについて来いとチャームに誘われ、戻るとみんなが突然

「ハッピーバースデイトモーー♪」

と歌ってくれ、ケーキをくれました(目に見えないケーキですが。。)

私は見えないローソクを29本(だんだん本数が増えていく。。。泣)ふーーっと吹き消し
お腹いっぱい(想像)食べました♪


みんな、ありがとう♪ ドッキリでした♪ 



その夜、私が食べたがっていたアンドックスのニワトリ丸焼きに連れて行ってくれました。
そしてチキンをたらふく頂き、サンミゲルビールを飲み。。。。


今度は目に見えるケーキをいただきました!!!
2枚目の写真がそれ。
「お誕生おめでとうトモ」

と書かれたケーキ。 とってもスィートで美味しかったああああ。。。。

これ、けっこう大きいんですよ。食べきれず次の日、稽古が終わったあとみんなに「食べて」といって差し出す。 


1分でなくなりました。 さすが。。。お腹のすいている学生たち。。。





そんなわけで、無事29歳の誕生日を迎え、舞台も大盛況で終わり、美味しいごはんもたくさん食べ、安いビールを飲み、そして気持ちいいマッサージもたっぷり受け、

楽しいフィリピン公演でした。


本当に色々あったけど。


バギオ誕生100周年祭の歴史的な記念日に、演劇祭を執り行うことができ、そこに参加させていただけたということに、プロデューサーの小国さん、演出の吉田さん。心から感謝いたします。


ここでの経験は決して忘れることはないでしょう。
私の人生の中で本当に貴重で大切な経験です。

忙しい日本で、生きにくさを感じる今日この頃。
そんなときは思い出します。
フィリピンを。

フィリピン人の楽観主義さを。
(あたしより楽観主義って、みなさん、フィリピン人がどんなか想像できます? 笑)


そしたら
 


「こんなんでいいんだ」




って気持ちが楽になるでしょう。





そしてきっと仕事ミスったりして 「そんなんじゃだめだ」って怒られるのが私です。





ちゃんちゃん♪

産声

2008年10月09日
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おぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

いえいえ、



「ぐおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」







と、竹内知子は産まれました。






人は前ばかりに進もうとする。 いいことだ。  

でもなんで後ろに戻ることを恐れるんだろう。

後ろに戻ること、そんなに恐くないよ。
自分が前ばかり見て、手のすき間からこぼれてきた落としモノ、見つけられるかもしれない。



落し物を拾う勇気。


後ろへ戻ろう!!
それは後ろじゃないかもしれないから。






上を向いて歩こう 涙がこぼれないように

2007年12月07日
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バギオで活動している環境NGO。CGN(コルデェリアラ グリーン ネットワーク)主催のエコシアターフェスティバルが12月1、2日に開催されました。
1500人近く入る劇場で子供達の舞台の演出をしました(私は演出家ではありません汗)

カリンガ、マウンテン、アブラ、ベンゲット、イフガオ州という5つの山岳地域から5つの子供劇団がはるばるバギオを訪れ、このエコサミットシアターフェスティバルに参加し、私はその中のカリンガ州の演出担当でした。演劇に新しい風を吹かせたいということで日本人の私が任命されたのでした。



まったく詳しい情報を仕入れずこの仕事を引き受けてしまった私。
初めて下見をかねて演劇ワークショップでカリンガを訪れたのは8月の半ば。
その時からすでに焦っていました汗
というのは、何にも出来ない子供達。自己紹介さえまともにできない。声をかけても恥ずかしそうに隠れる。
この子達が役者?舞台に立つっていうの? 
電気もTVも無いこの子達にとって「お芝居って何?」ってな状況から始まったわけ。
他の4つの州は劇団があり、多少なりにも演技経験がある子達なのですが、ここカリンガだけはオーディションを行ない、新しく劇団を作ったのです。


そんな状態だったものだから、私も覚悟決めてカリンガの文明ゼロの山の奥底に身をうずめることにしたのです。カリンガがどんな所かも知らぬまま。。。。



実はカリンガは民族紛争がまだ残っており、フィリピン人にさえ恐れられている場所でありました。
この梅雨の時期、雨が降るたびに土砂崩れ。車が通れません。
私は土砂崩れの上を歩きました。倒れている木の下をくぐりました。グチャグチャの山道を裸足で登りました。
大雨の中、傘ささずに大荷物を持って歩きました。
時には夜中に4時間以上山を登りました。その時に見た満月は絶対に忘れられません。
豚と犬とニワトリとヒヨコと牛と馬も一緒に生活していました。
新鮮な空気を思いっきり吸い、観た事もない木々に心を洗われ、自然との一体感を心の底から感じました。
欲をが無くなった時、世界はこんなに素敵なんだって気づきました。
電気ってものが無いので、太陽と共に1日が始まり、月と共に1日が終りました。(早すぎっ)
子供達に何を教えたらいいのか、どうしたら分かってもらえるのか、悩んで悩んで泣きました。
めちゃくちゃ子供達を怒鳴りつけたこともありました。
頼りにならない頭の悪い先生と喧嘩しそうなのをいつも堪えていました。
助けてもらうはずのこのプロジェクトの主催者、ミュージシャン、ア−ネルは自分の仕事で忙しく結局当てにならない。
でも妥協はしたくない。「何だあの日本人の演出家は」なんて言われたくなかった。
あたし演出家じゃないもん、なんて言い訳は通じない。


さて。振り返ってみると。。。。

私がここに住んでいなかったら何も生まれなかっただろう。
脚本もできなかった。カリンガの素敵な文化を知ることも出来なかった。共有することもできなかった。
子供達との信頼関係も生まれなかった。。。
これだけ誇れること。ここに住んだから舞台が完成した。
この舞台は名付けて「カリンガの13人の子供と知子の共同日比新作舞台」です(長いです)




そしてそして一生忘れないだろうこの日、12月1、2日(土日)エコサミットフェスティバル。




カリンガは2日が本番。
なんせ5つの劇団があるから満足に舞台が使えない。しかしどこの劇団も凄い、、、上手い。ホントに高校生?
うちの子達と全然レベルが違う。。。はは。。。なーんて比べてる暇はない。とにかく稽古稽古。舞台の入口と出口、小道具、衣装確認して、、、え!?衣装がない?買って?しかもイヤリングが欲しい?
何でもっと前に言わないのよ〜!!!! 先生に買って来てもらおう、先生はどこ?。。。は?従妹の家に行った? 。。。プチン(キレた私)(あほーー一生帰って来るなーーー)


前々から思っていたんだけど、リハーサル直前改めて心に決めた。「フィリピン人と仕事は絶対しない」
リハーサルなのに音響、照明が来てないんですけど。え、昼12時に来るって? 何言ってんの、14時からプログラム始まるんですけど。。
アタシは知ってます。12時に来ると言ったら13時に来るのがフィリピン人。
もう頭に来た私はア−ネルに「あたし音響やるから」と吐き捨てた。
帰ってきた返事が「ボク照明やるから、指示して」

。。。。

結局舞台のストーリーを一番良く知っている私とア−ネルがリハ無しで本番に望む事になったのです。








始まりました。本番。。。。。。

舞台上での通しリハーサルが一度も出来ない状態で始まったステージショー。
オープニングの影絵。あれ、子供達が動かない、ここシャドームービングだよ。動け!踊れ!踊れーー!
あれ、全然予想だにしなかった所で客がうけてる。。。なんで?
客の笑い声で子供の声が聞こえないんですけど、、これ大事な台詞なのに!
黙れ客! と心の中で叫ぶ。。。あ、音楽音楽と。。。あー!照明照明!違う!この照明じゃない!ア−ネル変えて! 
おいおい!子供達!舞台覗いてるの舞台裏から見えてるよ〜あれほど覗くなと言ったのに〜。。
こら主役!出番出番!あ、小道具忘れてる!。。あ、取りに行った。良かったーーー。
ア−ネル、このシーンの後暗転ね、あ、ちょっと!まだまだ!このシーンの後だって!ここね、いくよ。せーの、、ありゃりゃ主役〜、暗転前に小道具片づけてるよ〜。。。。。


と、落ちついて舞台を見てる暇はありませんでしたが、ずっとア−ネルと笑っていました。もうこうなったら焦っても何言ってもしょうがないからね。


私、最後の最後にやってしまいました。最後のお客さんへの挨拶。教えるの忘れてたーーーーー。。。。フィナーレのダンスの後、挨拶も無しに舞台裏にはけ、それからもう子供達は舞台には出て来ませんでした。。。
ごめんごめん 汗


そして舞台は幕を閉じました。



技術とかテクニックなんて全くないけど、真っ直ぐでピュアな自分らしい演技のおかげで、なんと舞台は大好評だったのです♪まったく想像していなかった反応が返ってきました。あは。
私的には練習の方が良く満足はいってなかったのだけど、お客さんに喜んでいただければそれが一番。
こんなに客を笑わせ、最後は客を涙ぐませた子供達、良くやってくれました。
初めての舞台でここまで出来れば十分だね。

他の演出家が褒めてくれました。一人は「カリンガの子供達に恋をしたよ」と言ってカリンガに住むと言い張っています。そしてカリンガの子供達は来年の演劇祭りに招待されたのです。
嬉しい♪ 次のチャンスをもう掴んだこの子達。頑張って欲しいな。


こうしてカリンガの子供達ははるばる14時間かけて山から町に下り文明を見て、大きな感動と軌跡をバギオに残し、そしてまた新たな可能性を手に入れカリンガに帰って行きました。
バギオにジープで一緒に来る時、13人中13人が車酔いで1日吐きどうし。ジープはゲロまみれ。
帰りは大丈夫かな? 
アタシはもう一緒には帰れない。

ありがとう、本当にありがとう。厳しくってごめんね。いっぱい怒ってごめんね、
最後の最後までしたってくれてありがとう。信じてくれてありがとう。
こんなおっきい舞台で初舞台、良くやったよ。凄いよ。

なんてことを話してる間に涙が溢れてきてもう話す事も出来なくなった。
子供達も泣いている。だめ泣かないでよーーー
笑顔で見送ろう、笑顔で。と頑張って笑顔を作る。でもホントこの涙は止まらないのね。
「Don't cry Don't cry!」「泣かないで」 
分かってるよ!でも泣かずにはいられないんだっちゅー^の。

ちょーブサイクな笑い泣き顔で子供達とさよならした。
 
そして子供達が帰った後もアタシは一人で泣き続けていた。大人げもなく。

その後にバギオ観光に連れてってもらったのだけど、その時も涙をこらえられない私。
バギオにお別れ。フィリピンにお別れ。
この舞台が終ったら帰国しようと決めていた。全てが終ろうとしている。私のあての無い旅。
(1つ教訓。海外に行く時は金を貯めてから行くべし)
巡り巡って最後に芝居に導かれた。





あたしがフィリピンで教えてもらったこと(一部)

Human is connected with nature.
People is connected with people
Present is connected with the past and the future
Everything is connected to everything else

すべてが繋がっていること
すべてと共有できるということ
すべては木が知っているということ





あたしがこの場所に残せたもの
     「絆」



ア−ネルが坂本九の「上を向いて歩こう」を歌い始めた。
(彼はこの歌詞の意味を分かって歌ってません。。)

♪うえを向いて歩こう 涙がこぼれないように♪ 泣きながら歩く 一人ぼっちの夜
   幸せは雲の上に 幸せはソラの下に〜♪

えーーー、今この歌ですかああ。。 
上を向いて歩いても涙はこぼれ、いえ、溢れていました。






そうやって私の仕事は幕を閉じたのでした。
よし!もうフィリピンに未練はない!
っはい。日本に帰ります。今月。いよいよ。やっと。
また新しい生活♪

写真1。ラストシーン
写真2。パットダンス。頭に壺を2、3個重ねて踊るのです
写真3。13人の子供と2人の先生とア−ネルと私

いいことばかりじゃないけどーー

2007年11月09日
ただいま文明世界へと戻ってきました♪ また1週間後に文明ゼロ(に近い)山奥に戻ります。
1か月ちょっとカリンガ州パシルのアムダラオという所に住んでいました。
この1か月子供達と共に舞台の稽古をしていました。

正直。。。。



キツかったーーーーー(ーー;)

何がって?
あたしはこの27年間美味しいものを食べて育ち、好きな事やって、苦しい時は仲間や友達に愚痴ってストレス発散して、
思うまま、贅沢に生きてきた。
分刻みでスケジュール入れて急がしく生きてる自分がなんだかんだ好きだった。

でもこの27年の私ではこの山奥では通用しない。


生活はとてつもなくシンプル。
食事は今の時期米、豆、少しの野菜が殆ど。
私のこの1か月の食生活はほぼ毎日米と豆と3種類くらいの野菜でした。あと自分で持ってきた魚のカン詰。
住んでる時はもちろんなんの文句もない、ただ食べられることに感謝し、あたしは米と豆をたらふく食べた。
みんなが食べ終わっても一人米と豆をむさぼっていた。
だってお腹すくんだもん。 

芝居の稽古の時間になる。朝8時集合のはずなのに集っているのは私だけ。。。。。。て、、、あの。。。。って感じなんですけど。。。。フィリピンの何処へ行っても時間にルーズなのは共通みたいです。
だいたい8時からの稽古だとしたら始まるのは9時〜9時半。この間にあたしは疲れちゃうね。
テンションも下がるしさ。
明日は必ず8時きっかりに集合!! と渇を入れてもやっぱり始まるのは9時から9時半。。。。はあ。。。
本番が近づくに連れてピリピリしてる私。 しかしそんな私の気持ちなんて知ったこっちゃない、子供達にとっては。
何でこののーーーんびりした山奥で、アタシ一人、たった一人だけが忙しくしているの???
と、自分が情けなくなる自分が更に情けない、というかもどかしい。。。



そんな感じで稽古をほぼ毎日してたのですが、バギオに帰る直前、私はついに堪忍袋の緒が切れました。
まず、切れたのが脚本を持ってこない子供に対して。あれほど脚本は大事だから毎日持って来てと言っておいたのにも関らず

子供「トモコ、もう暗記したよ」 
私「。。。。。。。。。家に帰って脚本取ってこい!!」


ここから私の爆発は止まりませんでした。溜まり溜まったものが全て滝のように流れ出て来ました。
この時はなぜか私のしどろもどろな英語が、流暢になっていました。
不思議だとこ。。。まあ言葉が出て来る出て来る。。。。


一人一人に質問する。例えば「ここの台詞は誰に対して言っているの?」「どうしてあなたはこう思ったの?」
誰一人として答えられない。

いつも私は生徒たちに彼らが私の言う事を理解してるかどうか確認してきた。
「質問は?」「無い」 
「脚本理解できた?」 「できた」

でも実際は理解できてない。
分からないなら分からないと言って。知子の英語が聞き取れないなら聞き取れないと言って。
理解できない部分は質問して。  

最後に私は、この舞台をどうしても成功させたいんだと言った。なぜならあたしはこの場所が好きだから。
子供達と一緒にピクニックに行った。川に泳ぎに行った。それは全て交流を深める為。 
皆で一つのモノを作るってことは、皆の気持ちが1つになって仲間意識、信頼関係がなきゃいけない。
だから私は何時間も歩いて隣りの隣りの村までみんなと出掛けた。言葉なんか通じなくたってそこから信頼関係が生まれた、生徒と先生なんて壁はなく、大人と子供もない。

だけど、みんなの舞台に向かう気持ちが少しづつズレていることが悲しかった。
私と同じモチベーションを持とうとしてくれている子供もいた。でもばらつきがあってまとまっていない。
私はもう一度、皆で1つのものを作ることの意味を話した。

あたしは一度切れると止まらない、そしてしまいには泣き入るんですよねーーーー。。。。
大人になれてない自分も情けないわあ。。。。


しかしやっぱり難しすぎる。舞台を作る?演出する?フィリピン人の子供役者と日本人のアホ演出?
文化が違う、生活が違う、感覚が違う。。。感性が違う。何もかもが違う。

今迷路です。
どっかに何か答えがあるはず。。。。。。。

12月1日、2日とエコシアターフェスティバルの本番です。
文明を観た事がないこの子供達ははるばるバギオの都市へとステージショーを見せに山から1日かけて下りてきます。 良いものを作りたい。
それだけ。

また日記しまーす♪

Spiritual World Part 2

2007年10月03日
Human is connected with Nature
People is connected with People
Present is connented with the Past and the Future

Everything connected to Everything else.

Sharing with Everything



全ては繋がっている。
人と人は繋がっている。
人と自然は繋がっている。
全ては一体。
全てと分かち合える。


最近、こんなことをずっと考えています。


カリンガにいると欲が無くなる。
野心なんて無い。忙しいココロもない。
何も無くなった時、全てが一体だということを知った。
流れる川の音、小鳥のさえずり、木々のざわめき、苔の美しさ、ホタルの光、風の音、限りなく蒼い空、大地の温度、太陽の光、月の明かり、自然の匂い。。。。。
犬、ニワトリ、豚、牛、見たことの無いような虫。。。。








この2日間ダンスワークショップに参加してきました。
このワークショップの為にカリンガの山奥から約1日かけて来たのです。
そして「すべて繋がっている」ということを改めて(ちょっと)再認識しました。


インストラクターはフィリピンのミンダナオやらセブやらを歩き回り、2年間ココナッツとバナナだけで生活をし、ある悟りを開いたというつわもの(?)
滝にうたれるとか断食とか分かる気がするけど、ココナッツとバナナって、しかも2年て。。。
やっぱりフィリピン人は面白いなあ。。。。


inner danceと言います。innerは辞書で引いてみて下さい。
簡単に言うと(私の解釈含め)、この世に存在する全てのものから精力を取入れ、自分の体の中に吹き込むもの。
音楽も何も必要なく、何も考えず、心のままに体を動かす。それは目に見えない、全てを癒す、というか、全てを完全なものにする宇宙からの力spiritual powerがあって、全てと共有できる力らしい。




こんなレッスンをしてきました。
とりあえずはじめは坐禅をし、目をとじて瞑想から始まる。
ココナッツとバナナで出来たインストラクターが後ろで何やら動いている。(私に力を分けてくれている)。

ココナッツバナナ先生は私の頭や肩や腰を指先でタッチ。
すると、あら不思議。私の体は勝手に動き始めます。
ナッツバナナは魔法使いのように私の体をリードし、なすがままに私は踊り始める。

おお〜  すごい。。。

一緒にレッスンを受けたフィリピン人は、いきなり泣き始めたリ、笑い始めたリ、叫び始めたリする。
記憶の中のダークな部分を呼びおこし、それをinner danceによって自分自身で「癒す力」を持つのが1つの目的らしい。

私がそのダンス(?)をしている時、なぜかただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。
目を瞑っていても感じる事が出来る人と人との一体感。風の力、自然の力。その力を貰うとみなぎるように私のinnner heartから力が湧いてきて何でも出来そうな気持ちになる。
そして全てが愛おしく感じる。ちょっとエロチックな感じ。

私はそれを極めてもないし、みんなの感じていることと違うと思うし、何だかまだ良く分からないけど
そのダンスワークショップを受けたフィリピン人と仲間意識が一瞬にして生まれたのだけは確か。
鉢に植えられた花に小さなパワーを貰ったのも確か。

フィリピンならではのSpiritual World へと私は着々と足を踏み入れている気がします。


そしてとってもとっても素敵な出会いがありました。
ダンスワークショップ以上に素敵な出会いがありました♪
(失礼、ココバナ先生。。)




そして私は帰国予定日をまた延ばしました。。。。。。。。。。

Spiritual World

2007年10月02日
今バギオからバスで10時間程離れた山奥、カリンガにいます。
あ、正確には山奥からジープで5時間くらい下った都市のネットカフェにいます。

今回カリンガに来た目的は、舞台の稽古とあと子供達のスポーツフェスティバルを観に行くというものでした。
でも、なんと土砂崩れが2つもあって目的地までたどり着くことが出来ませんでしたーーーーーー
スポーツフェスティバル観に行くって約束してたのに。。。。
今にも土砂崩れが起こりそうな山道。今梅雨時期なので更に頻繁に土砂崩れは起こります。
生理痛で体も心もコンディションは落ち気味。生理で山にくるのと生理じゃない時に来るのとどうしてこうもテンションが違うのでしょう。

ついてない時はとことんついてないもの。

さて、目的地にも行けない、稽古も出来ない。
あたしはここで何をしたらいいのでしょう?



・・・なーんにもすることがありませんでした。(子供は作っていませんよ!)




一緒に行ったミュージシャン、ア−ネルと共に色々な場所を訪れました。
誰かの家を訪ねるたんびにネイティブコーヒーが出てきます。1日10杯くらい飲みました。
木からコーヒーを取って炙ってウスで碎いて湧かして飲むの。かなり美味しいし大好きなんだけど、
さすがに10杯は夜眠れないっちゅーの!!
電気の通ってない場所でただでさえ夜が長いのに、その夜が眠れなかったら何をしろと? 
と、次の日からは8杯くらいに減らすよう心掛けました。

訪れた小学校でいきなり先生に「Theater Artを子供達に教えてくれ」と言われる。Theater Art=舞台芸術。
舞台芸術ってなんだよ!? 先生意味分かって言ってるのかい?
と、あたしの頭はハテナでいっぱい。
とりあえず何でもいいから教えてやってくれと言われ、仕方なくたじたじの演技のワークショップをやりました。
そしたら何だか自分盛り上がってきちゃって1日中教室でワークショプやってました。へへ。

食事はバナナと豆と米を飽きるくらい食べ、酒はジンをストレートで一気飲み。あ、ライスワインていう手づくりのお酒がかなり美味しいです。
そんで酔っ払って歌を歌わされる。こんな山奥に来てまで日本の恥を曝してしまっている私を誰か救ってやって下さい。お願いします。





ここで感動するお話しを紹介します。
ア−ネルと私は目的地に行けなかったので他の場所、ア−ネルのおじさんの住む地域を訪れました。
おじさんは3日くらい前から「ア−ネルが来るのを待ってるんだ」と言っていたそうです。
しかしア−ネルはおじさんを訪ねるということは一言も言っていなかったそうです。
なぜなら私達は目的地に行けずたまたまそこを訪れただけだったから。
そしてア−ネルがその場所に着いた時、人々はみな驚きました。「本当にア−ネルが来た」と。。。
 その夜、ア−ネルとおじさんは一緒に歌を歌ってお酒を飲み、久し振りの再会を楽しみました。。


そしてその数時間後、おじさんは息を引き取りました。。。
おじさんは肺が悪かったそうです。
(ちなみにここには設備の整った病院がありません)


おじさんの最後の願いがア−ネルと歌を歌うことだったのかもしれません。
おじさんの強い思いが土砂崩れをおこし、私達をそこへと導いたのかもしれません。


それかア−ネルが行ったからおじさんは死んじゃったのかもしれません。。。。。。。。
ア−ネルは亡くなったおじさんに「天国でお酒とタバコはしないように」と言って見送ったそうです。。。

あ、それかあたしが行ったからおじさん死んじゃったのかもしれません。。。
ていうのは、アタシすでにここカリンガで2人の死に遭遇しているのです。前来た時もア−ネルの知りあいが亡くなり死体を拝ませて頂きました。そして今回も。。。?
うーん、、、、何を意味するんだろう。。。


ま、その話しはおいといて。
ここに住む人達からは、何か不思議なチカラを感じます。
人の強い思い、祈り、魂は次元を超えて何処までも届き、奇跡を起こす。
文明なんてありません。何も知りません。金なんてありません。物々交換です。




だけど、こんなことってあるんですね。










Twenty Seven!?

2007年09月12日
とっくに過ぎたけど8月15日、終戦記念日は私の27年目の誕生日でしたああああ♪
パチ^(ノ゜ー゜)ノ☆パチパチ・・・テヘヘッ(*゜ー゜)> 
人の誕生日を覚えない私なのにも関らず、私の誕生日を覚えててくれた友達、
メールくれたみんな、本当に本当にありがとうね(/・ω・)/
みそじまじかなのに安定した職もなく、今だフィリピンで遊んで、いやいや旅をして、
絵空事に現を抜かし、結婚のけの字も出てこない、親に心配ばかりかけているダメ人間の私だけれども!
女であるということをここ数カ月忘れている私だけれども!

人生楽しく生きていることだけは自信もって言えますとも!!!!! 
悲しくとも辛くとも〜 自分の選んだ道を自信を持って進んでいますとも!!!
この楽観主義とバカさのおかげで。
バカっていうのは死んでも治らないみたいです。
私のバカは死ぬ前に治ることを期待しますが。。。


この日あたしはマンダパット家で、フィリピン人とアメリカ人と日本人と食卓を囲みました♪
ん? フィリピン、アメリカ、日本、、、、、
そうなんですー 60年ちょっと前はこの3ヶ国で戦争をしてたんですー。。。
あ、フィリピンは巻添えになっちゃっただけだけど。。。
終戦から62年。たった?それとももう62年?
27年しか生きていない私は62年がどれだけ長いのか分かりませんが
敵同士だったこの3ヶ国が今はこうして仲良くパーティーをしている。
私はこの時代に産まれた。
おかげで私は戦争を知らず余計な悲しみを知ることなく、好きなこと、好きな人に囲まれて生きている。
時代は刻々と変わっていくんだなあ
これから時代はどう変わっていくのかなあ。。。。


弱いものも強いものもない。金持ちも貧乏人もない。そんな時代はもう来ない。
階級は存在する。差別は存在する。弱いものも強いものも金持ちも貧乏人も存在する。


だけども!! 強いものが弱いものを助ける、金持ちが貧乏人を助ける、協調の時代に変わっていくことを
本当に本当に心の底の底から願う。
そして私自身からそんな時代を作っていきたいと思う。

種人



Sky Light & Moon Light

2007年08月31日

真夜中、山奥を4時間くらい登った。バッテリーが少なく頼りにならない懐中電灯。
そのうち目が慣れてきて暗い中でも歩けるようになる。
そして気づく。空が明るいことに。。。名付けてSky Light...
真っ黒な森の陰とほんのり明るい空の境界線。
真夜中でも空は明るい。
そしてMoon Light。 月明かりってこんなにキレイだったんだ。。。。
こんなにも道を照らしてくれるんだ。。。
「風の谷のナウシカ」のあの♪ラン・ランララ・ランランラン♪ の曲がなぜか頭から離れズ、ずっと口笛を吹いていました。息切れは激しかったです。
頼りになるものはSky Light と Moon Light.
都会でイルミネーションと共に見るお月様より、ただただ道を照らしてくれるだけお月様になぜか泣けてしまった。
そして私は山が大好きになりました。本当に好き。


山に住むあるおばちゃんが言った。「ここに住む人達はとっても貧しいの」
言葉にならない叫びと怒りと悲しみで溢れそうだった。
そうじゃない。貧しいんじゃない、ここに住む人たちは。
てか貧しいってなに? 誰が決めるの?
貧乏人は私たち金持ちが作り出した言葉でしょ観念でしょ。金持ちと貧乏人の差なんてなかったはずでしょ。
彼女たちはずーーーと昔から変わらずこうやって生きてきた。
米が取れたら近所の人の野菜と交換して、電気なんか無くたって時計なんか無くたって、美味しいパスタなんか無くたって、それで十分だった。
だから思う。この世からお金が無くなったら生き残るのはこの人達だ。この生命力だ。

人間は豆とイモと米だけで生きていけるんだ。
あたしはこの豆豆イモイモ米米生活をこよなく愛す。

あたしは生きると決めた。
明日死んでもいい。でもあたしは死なない。生きる!!
ただ生きるためだけじゃなくて、あたしは伝えなきゃいけない。伝えたい。

そこ、カリンガに着くまでに32時間かかった。8時間くらいで着くはずの場所に32時間。
土砂崩れによる道路閉鎖、タイヤのパンク、エンジンの故障、更に運転手君の居眠り運転。
右タイヤが溝に落ち、左を見たら100メートルの谷底だったっちゅーの!さすがに冷汗でした、でも

まだ神様は私を生かしてくれている。





この山奥で子供達と一緒に劇団を作ったのです♪12月に芝居を打ちます。演出します♪

とってもとっても楽しみです。楽しいです。芝居が出来ることが本当に嬉しいし、教える事大好きです。
子供の限りない潜在能力を見ながら共に舞台を作っていくということが本当に楽しみです♪
楽しみとドキドキと不安と、ごちゃまぜご飯です。


ぜひぜひ助けに、いえ、観に来て下さい(*Θ_Θ*)/

カリンガでの1句。
 おつきさま〜 ああおつきさま おつきさま〜♪

産声

2007年08月20日
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私が住んでいるバギオのマンダパット家。

新しい命が誕生しました♪
犬です♪5匹産まれました♪でも生き残ってるのは3匹です 泣
ネコも同じ時期に3匹産まれましたが、山に行っている間にどこかへ消えてしまいました 泣


えーーーーー。。。。
今のところ、犬猫合わせて11匹います。人間より多いです。
いつもお腹空いてます。
私達のご飯を食べるのを羨ましそうに見ています。ドアの外で残りカスを待っています。
ガリガリに痩せたお母さんのおっぱいを吸う小犬の勢いは凄いです。

私が1番見込んでいるのは、ふわふわのシャギー(名前)です。女の子です♪
賢いです。強いです。逞しいです。大人の犬に負けないくらい食べ物争いには強いです。
でもたまに大人犬に噛まれてキャンキャン言っています。でも負けません。

あたしは小犬だけが好きです。 
他のわんこーはできれば近寄ってほしくないです、噛まれたら終わりだし。
あ、でもこの犬たちは以外と臆病もので、人間を恐がってます。
これで番犬が務まるのか? って感じだけど、いちよ見知らぬ人が来たら吠えてます。

うん。よしよし♪

シャギーよ! 大きくなれ! 逞しくなれ! 生きろ!

祈り

2007年08月20日
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「お知らせします。途上国の森林が底を尽きました。資源もありません。アメリカ合衆国が破綻します。ということは日本国も破綻します。明日から世界中からお金がなくなります。すべての人はお金から開放されます。お金は意味をもたなくなります。給料もありません。価値もありません。戦争する?意味がありません。人類が減るだけです。大いに結構。
では好運を祈ります。」




こんな日が来たら・・・?


Don’t make your life too hard. なんでそんな人生難しくしちゃうの? 
もっと楽な、シンプルな人生でいいいじゃん。何でそんな急いでるの?
まだ何か欲しいものがある? 

・・・・・・・

生存の掟を破ったら誰も生きていけない。
生きとし生けるものは全て同じ。

森が雨を降らし川を作り水を補給してくれる。酸素を補給し、空気を浄化してくれる地球の肺。
生物が生物を養い、私達の血と肉となる。
自然から産まれ自然と共に生きている全ての、全ての、全ての生き物。私達は環境そのもの。
人間だけが特別じゃない。人間だけが発展しているなんて不公平だよ。森は、死んでいるのに。


神様は私にこの「声」をくれた。キレイなもの見られるこの「目」をくれた。キレイと感じられる「心」をくれた。人間だけが欲を与えられているから人間だけが感情を持つ事ができる。
声が無くても唄はうたえる。目が無くても見ることができる。心が無くても感じることが出来る。
私はそう信じている、人間を。
なのに感情の綱引きを上手に出来ていない私達。使い方を間違ってしまっている私達。
何かを手にいれることにより何かが何かを失っている。
誰かが、何かがとなりで泣いている。
それすら気づかず、自分を信じることさえできなくなっている。
森も空気も水も大地も風も動物も微生物も、そして人間も、人間によって泣かされている。

欲が自分自身の命、地球の命、子孫の命を縮めている。自分自身で自分の首をしめることが人間は好きみたいだ。大地につばを吐けば、自分自身につばを吐くことだよ。育ててくれた親につばを吐く事だよ。愛する人につばをはく事だよ。命をくれた神様につばを吐くことだよ。
そんな人類絶滅に向けて、宇宙人はそれみたことかと笑っているよ。
日本は暑いみたい温暖化で。早くクーラー止めて。車乗らずに歩いて。
ジムで汗かくのは良くて日常生活ではダメなの?ビルとかもういらないし。
日本沈没しちゃうよ。

もう暴走はやめて、自然界で生きていく生存の知恵と勇気と愛を。
不必要最大限の消費、もう終わりにしないと無くなる、全部が。。。
自分が信じてきたものなんて、一切捨てちゃえばいいのに。
そしたら世界はこんなに素敵なんだって、わかるかも。

そんな私も、たばこはやめられない 汗
そんな私も、もう暴走はやめて日本に帰ってこいと言われている 

だけどその前に、おっきな夢なんか無くたって世界は素敵なんだって気づかせてくれたフィリピンに恩返しをしたい。

「お知らせです。あと100年で地球上の全ての森林が消えます。
さあ、木を植えましょう。」

文化と文明

2007年08月06日
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バギオで環境保護に関わる活動を行なっている「Collderiara Green Network」というNGOがあります。とある使命を任されようとしている私はその下調べ+観光でフィリピンの北部、コルディリアラ地方にある山岳地帯に行って来ました。

バギオから北に車で約6時間。窓から下を覘くと数百メートル下の景色が見えます。崖っぷちの狭ーい山道をガタンゴトン、頭はぶつけるわお尻は痛いわ、、、笑うしかないね。
って感じの車の長い道のりでした。

イフガオ州のハパオという所に夜中の4時頃着き、そこでまず見たものは夜空全体をうめ尽くす程の
「星」
正直これほどの星は「キレイ」というよりも「気持ち悪い」という印象を受けました。
宇宙にはこんなにたくさんの星が存在しているのね。。。

そしてその空気の済んだ山の中で暮らす人々の瞳のキレイなこと。曇っている私の瞳ではじっと見つめると自分の中にある曇りを見透かされそうな、恥ずかしさを覚えました。


そして。私の見たかったもの。
「ライステラス」と呼ばれる「棚田群」です。写真でごらん頂いているのは「田んぼ」です。
ちなみに2つ目の写真はそこに住む原住民、イフガオ族の方々です。

この辺の棚単田群はユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されています。

そして「危機遺産」でもあります。
このライステラスを維持していくのはとても困難で、数年後には50%の田んぼが休耕田になると言われているそうです。

というのは。
「文明」の発達による「文化」の破壊。

文明社会でお金が無ければ生きて行けない世の中、自給自足の生活でどうやって電気代を払える? 
森林伐採による崖崩れ、水不足、更に「文化遺産」という名誉によって観光業が増えたのも文化が壊される原因の1つだそうです。



私はこの3日間山に登り、自然と戯れ、「生きる」ってことのシンプルさを教えられました。人はお金が無くても生きていけたはず。自然の木々と草花と水と肉食動物で生き延びてきた私達のご先祖様。そのシンプルな衣食住が文化の始まり。
私はその文化をもっと知りたい、人間に戻りたい。と思い、決めました。
山に住んでみようと思います。


電気のない、お湯のない、肉のない、コーヒーのない、インターネットのない生活。。。
そこには何が無くて何があるのかしら?  
それを見てみたいです。

そこに住む人達は電気がないから夜やることがなく、やることと言えば子供作りくらいだそう。。。
どうしよう、、、夜やらしい声が山の奥からやまびことなって聞こえてきたら。。。
どうしよう、、、私も子供つくっちゃったら。。。 あはは


あーあ、また引越だ。。。。 何回目だろう。。。。もう数えられない。。。。