Diary

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「女はね、男がいなくても生きていけるのよ」

2007年02月23日
今日、芝居を観て来ました。劇団「燐光群」
作、坂手洋二さん 演出、吉田智久さん。

フィリピンで燐光群の芝居が観れるなんて!
坂手洋二さんにお会い出来るなんて!
自分で言うのもなんだけど、ラッキーガールです。私。

やばい。おもしろかった。。。久し振りに鳥肌が立った。

英語と、日本語と、タガログ語が飛び交う舞台。
フィリピン人と日本人の血を分けた舞台。
観客が一気に笑う。
演劇を通じてフィリピン人と日本人が1つになる。
舞台の力の凄さを実感した。
その空間にいるというだけで、ドキドキした。

たまたまやっていたこの舞台をフィリピンで観れたことが
何より嬉しい。

5つのショートストーリー。
すべて女の愛に生きる姿を描いていた。

舞台上にはたった1つのベット。
男と女の物語りが始まる。
そこから始まり、いつか消える。。。。

そして女の弱さ、けれど果てしない強さ。
なんて女はバカな生き物なのだろう。
でも愛してしまう。
たとえ傷つくと分かっていても。。。。。

セックスをしているときだけ。男と女が本当に愛し合えるのは。。。
そんな儚さを感じた。

印象に残った台詞。
「女は命を産む為に産まれて来てるのよ」
「どうして男はいつも自分勝手な生き物なのかしら。
 でも時が経つと許してしまう。 愛してしまう。」
 (こんな感じの台詞。。。)

5作品全てが良かったわけではないけど(;^_^
かなり笑った。かなり泣いた。 やっぱりコメディーが好きです♪
女の強さを痛切に感じた。

そして何より驚いたのが、フィリピンの役者のその表現力の幅の広さ。
どこまで自由に自分を表現できるんだ、この人達は。。。

それはもしかしたら、このフィリピンという国がそうさせているのかもしれない。と思った。
良い意味で、どこまでも自由な国。
悪い意味で、どこもでも不自由な国。

最近、その両方を見ることができて来ました。

けれどこの国の良さが、この国の芸能に影響していると思う。かなり。

「守るものなどない」
生まれつき備わっているのであろうその観念が自由な発想を産めるのかもしれない。
羨ましいと思ってしまった。
そして負けてられない、と思ってしまった。あはは。

あ、驚いたのが、フィリピン人と日本人の笑いのツボが違う。
あたし全然面白くないのに、ゲラゲラ笑っていたり、
チョー面白くてゲラゲラ笑っているのに、フィリピん人は笑ってなかったり。。。

うん。こんな発見もいいね。
だから面白いんだね、どうこの舞台を面白くしていくかって作業が。。。

あー。本当に満足した1日でした。
最近ちょっと疲れも限界で、ストレスも溜まっていたので、最高に癒され、そして元気を取戻しました。
だから人生って面白いのですね〜。
どんなにへこんだり辛くても、たった一瞬で元気になれたり、
上手に笑えなくっても、なんか自然と笑えたり、

とりあえず
今を生きよう〜♪

Dear my Korean and phillipenes friends!!

2007年02月23日
At first,I hope that you can understand my poor English.
But before I mede a promiss with you.
I\\\'ll try to writ in English to keep my promis.
How have you been? How\\\'s everything?
Do you remember me?
Now, I am trying to writing my diary in English for you. Do you know? For you(・ε・)/
If you see this messege, please send me E-mail.

info@tomostyle.net ←My E-mail adress.....

I\\\'ve made very good friends, and had a good time.
I\\\'m realy glad that I met you.
I made good memories. I always remember the memories we shared.
Thank you.
I\\\'m sure that we will meet again maybe in Korea and Phillipines, and or Japan.

My teacher! and my Korean friends!!!
If my English is wrong, tell me please....hahaha......

Please check my spelling, and grammar...

Nowdays, I\\\'m having a hard time learning Englich, especially speaking...
But I will try to continue learning because I won\\\'t be able to understand each other if I used a defferent language....
That\\\' why I \\\'ll try!

You are my very precious friend. I consider you as my friend. Really!!!
And I hope that you\\\'ll remember me.....

Thank you for understanding..

Keep in touch with me〜(・ε・)/
Sometimes in my diary, I\\\'ll try to wright in English, But almost in Japanese.hahaha....
Why don\\\'t you learn Japanese so that you would understand everything?..I hope!

Anyway, take care of yourself, and keep your English skill〜

See you again(。・_・。)ノ

食中毒にかかる の巻

2007年02月02日
フィリピン
と聞けば、心配事の一つである食中毒。

まんまとかかってしまいました。

2日前の昼くらいからお腹が痛くて、夜になるにつれ酷くなって
下痢、嘔吐、眩暈、悪寒、熱39度、
そして震えが止まらない止まらない。
これはだめだ!と思って助けを呼び、すぐさま病院へ。。。

doctorは脱水症状と言っていたのだけれど、
今さっき気づきました。
朝食べたパンが良くなかったのではないか、と。。。

丸2日間寝ていました。

ありえないです。あの辛さ。。。。
ほんとに震えが止まらないの!!!
熱が40度も出たの!!!
人生初の体験でした。

すぐさま病院に行って点滴を2本。4時間近く打たれました。。。。

医学用語なんて英語で勉強していないので
doctorの言っていることが殆ど分からず。。。。
症状を説明するたんびに熱が上がっていって貧血状態だったーちゅーの。

日本人の進藤さんが付き添ってくれたので本当に助かりましたあああ。。。

これのおかげで、下痢とか脱水症状とか食中毒とか嘔吐とか、の英語が勉強できました。

10歳くらいから薬なんて飲んだことなかった私。
まして点滴なんて幼いころから打ったことない私。

ほんとに病院が嫌いです。怖い。。。
注射が本当に怖かった。死ぬかと思いました。注射で。。笑

点滴が2本目に差し掛かったころ、だいぶ元気になってきたので、
「もう帰りたい」と進藤さんに泣きを入れていました。笑
本当に病院はもう行きたくないよ。

3日間殆ど何も食べていなくて、やっと今日日本料理屋さんに行ってうどんを食べました。
お腹はすくんだけど、うどんしか食べたくなくて。。。
韓国人の友達にそう言ったら、ラーメンなんかを作ってくれちゃって

がまんしてちょっとだけ食べました。

案の定。。。吐きました(下から)

ごめんなさいいいい。汚い日記で。。。。

さっき母親に電話して「おかゆとうどんが食べたい」
と言ったら、母。
「すぐ送るから」

。。。。。。

また食中毒になるよ。。。ママ。。。。
やっぱりうちのママは天然ですた。

そんなわけで、
とっても貴重な体験をしました。フィリピンで。
一生忘れません。この体験。

そしてたくさんの差し入れを下さった進藤さんはじめ、コリアの友達。

ありがとう。。。

一人じゃ食べきれないからみんなにまた差し入れして少しづつ食べてます。。。

あ、悪くならないうちに食べないとだ!!!!

愛国心が芽生えました。

2007年01月17日
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フィリピンと言えば誰もがセブ島を思い浮べるでしょう。
私の住んでいるケソンからセブまでは、飛行機で約1時間。

初めて一人で国内線に乗って旅行しました。

そして、日本のプロフェッショナル軍団にお会いしました。

元日活ロマンポルノ女優、小林ひとみさんの写真集の撮影で、
私のお世話になっている監督がセブに来ていたので、会いにいって来ました♪

最高の女優さんです。小林ひとみさん。
言葉では言い表わせない強いものを感じました。

何かに向う情熱。
何かを愛する情熱。
自分を愛する情熱。
揺らがない信念。

オーラが違います。
私なんか緊張しちゃって日本語が上手く使えませんでした。
(今に限ったことではないですけど。)
日活時代、
「目をつぶって演技しろ」「カメラは肌で感じろ」
言われ続けて相当鍛えられてきたという女優小林ひとみさん。
今の私では勝てません。惨敗です。
「脱ぐ」ということ。とてつもない勇気と覚悟を必要とする仕事。それをやり続けるということ。
そして女優であるということ。
魂は売らない。

今一番やりたい役。ストリッパーの役がも一度やりたい。
と思いました。

私がフィリピンにいなかったらこんな現場に呼んで頂けることはなかったでしょう。。。
秋山監督。ありがとう。

「雨だから仕事終わり!」
というカメラマン高橋さんの合図で
昼間っから日本酒やらウイスキーを飲む。飲む。飲む。
夜は焼き肉。
これがもう叙茹苑ばりに美味しかった!
セブでNO1の焼き肉屋さん。

そしてフィリピンパブ(カラオケ?)。
初体験。これ貴重。
50人以上の同じ格好したフィリピノがお出迎え。
今日だけは男になりたい。と、思った。

やっぱり日本最高です。これが良い愛国心でしょう。
日本に帰りたい!
そして日本人最高です。
一日中笑い転げてました。言葉が通じるっていいね。
分かり合えるっていいね。

そしてやっぱり日本の女は強いね。
男3人女3人いて、
「だいたい今の男はだらしないのよ!」
って言われてる男達。
どんな素晴しい作品作っても、どんなに良い写真撮っても
女には怒られる男たち。

※男の人へ。恐いくらいの奥さん見つけたほうがきっと幸せだよ〜

楽しかった〜。
そんでこれほどのプロフェッショナルな方達にお会いできたら、
そりゃ私も芝居やりたくなるってー。
「なんだその芝居は〜!!」って怒鳴られたい。笑

フィリピンに来てまでダメだししてくれた秋山さん。
「英語の前に日本語覚えろ」だの
「相変わらずバカだ」だの
次は人生のダメだしじゃなくて、芝居のダメだしして欲しいです。笑

なにはともあれ、
楽しい2日間でした。

小林ひとみさんが私なんかの為に買って下さった
ワコールの黒のブラ、パンツセット。
(勝負下着にします!)

カメラマンさんから頂いた日本の時代小説。
(これ読み初めてから英語の勉強やめました。)

メイクさんから学んだ意志の強さ。
(女はキレイで強い(あたしの場合、彼氏が出来なくなる可能性大。))

アシスタントさんの歌った「乾杯」
(実は泣いてました。日本の心です。)

そして、秋山監督がくれた変わらぬ愛情。(人として)
世界中のどこに行っても秋山さんは秋山さん。
変わるとか変わらないとかじゃなくて、

「変われない自分」
それ一番。確信しました。
「Have a nice day」と「Thank you」
しか言えないけど。

長くなってしまいました。
この嬉しさをどうしてもみんなに伝えたくて。。。

おつき合い頂いてありがとうございました。

素晴しい写真集が世の中に飛んでいこうとしてます。
予約一丁!
楽しみにしています!!
ぜひぜひ皆さんも観てみてくださいね(・ε・)/
最高のタッグの最高の作品♪

2007 in Pilippines

2007年01月07日
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初めて海外で年明けを迎えた2007年。
いい年になる気がする。。。。本当に。。。。わくわくする。。。

こっちの年越し、年明けは信じられないくらい爆音で、
四方八方花火と爆竹とバズーカが一晩中鳴り響く。。。。。

辺りは煙に包まれ、まるで戦争のようでした。。。。

そんな光景を見ていると、日本の静かな慎みある正月が素晴しく感じます。笑
ま、でも見てる分にはとっても楽しかったかな〜

家から火が出てるんですよ!? なんと大胆なフィリピン人。。。。
子供だってきっと寝れやしない、こんな騒音じゃ 笑

でも。かなり貴重な体験でした!!!
もう無いかもしれない。こんな年明け。。。。

さて。

1か月が経ちました。

率直な感想。

楽しい!!!!(・ε・)/

多分、このフィリピンの空気が私に合うんだと思います。
あ、空気ってその空気じゃなくて。。。。居心地って意味の空気。。。。
あたしが適当な人間だから、
このフィリピン人の適当さが好き。(たまに頭にくることもある 笑)

気どることなく、見てくれを気にすることなく、
自然にいられる。

そして、笑顔。。。やっぱり笑顔が一番でしょう。
いつでもどんな時も! 
私も負けズにいつでもどこでも、笑顔を振りまいています!!!!!!
それが自然と元気になるんですよね〜。
笑顔って不思議だなあ。。。

て、おい。一番大事なのは英語でしょっ!!!

うん。そこそこ上達してるんじゃないかなー。

この間、マンツーマンteacherに要望しました。
「教科書いらない!話せるようになる授業をして!」

teacher。「私のすべてをトモコに教えるから!!」
あのteacher テレです。
ちょっと感動しちゃいました。テヘ。
そしてSpeakingの猛特訓が始まりました。

一番多いのが恋愛の話し。こんな授業があった日にはエキサイティングですね。
teacherも男の話しが好きだから 笑 

そして、もっともっと話せるようになりたいと言う 欲 
出た出た。。。。私の欲ばり、我が儘。

まあそんな感じで楽しく、平穏な日々を過ごしています。

相変わらず一人で出歩く時にはドキドキします 笑
トライセクルの運転手とたった10ペソ(20円)で揉めることもありました。笑
日に焼けました。
暑いです。でも楽です。

写真は1日の戦争です。

それではっ♪

フィリピナ VS ともこ

2006年12月30日
theache Tereの誕生日パーティーにお誘いいただきました。
フィリピン人30人!!
そして私。

こんなシチュエーションめったに無い無い。
本当にいい友達に恵まれました。ありがたいです。嬉しいです。楽しいです。

フィリピン人は本当に歌を愛してるんです。みんな上手。いつまででも歌っています。
屋上で、近所迷惑考えず、ギターが鳴り響き、朝まで歌を歌う。(マイク、アンプあり)
そして朝まで飲む。踊る。。。笑い声は絶えないねーー。

人に優しいフィリピン人。助けあうフィリピン人。根が明るいフィリピン人。
今日の人達は昔のバンド仲間だったみたい。
ほーーーんとーーーに仲がいい。
多分何歳になってもこうやって誰かの誕生日とかには集まって、
酒飲んでタバコ吸ってご飯食べて、笑って歌って踊っているんだろうなー。って思えるほどです。
今日は2組のカップルと、1組の夫婦(2歳の子供持ち)もいました。
みーんな仲間。こうゆうパーティーには友達も旦那も家族も親戚も一緒になって飲むんです。
なかなか無いですよね、日本には。

私の知っているフィリピン人はある程度裕福な人たち。
ちょっと横を見ると、正反対の人もいる。
なんだかなー。。。
面白い国。 
と客観視している私には想像できないくらい辛い思いをしてる人もいるんだと思います。
でもそれがこっちでは当り前で、辛いとか思ってないのかもしれない。
だから生きるためにお金を盗んだり、人を騙したりせざるを得ないのかもしれない。
私の経験してきた貧乏とは天と地の差があるのかもしれない。

こっちに来て、「人類みな平等」って思う私の史観がゆれています。

今日は楽しいひとときでした。
日本にいる家族、仲間に少し会いたくなりましたよ。(フィリピンで会えたら最高!)

最後はTeacher Carla(子持の先生)のファンキーな運転で寮まで帰りました。

いくつになっても子供っぽい、だけど大人のフィリピン人のこの友達が好きだ!!!

初めて泣いた夜

2006年12月26日
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フィリピンに来て初めて泣いた!
今日はそんな記念日。

淋しいとかじゃなくて

優しくなれるいい涙。。。

大親友すみの日記から。

     「to be rememberd.... 」

「あ、あたしのこと覚えててくれたんだ。。。」
っていう時。このシチュエーション。
何気に見過してしまうけど、これってすっごくすっごく幸せなことだと思う。

人は忘れていくばかりのはかない生き物。

どれだけのことを忘れないでいられるだろう。

「忘れないよ」
「忘れないで」

言うのはあまりに簡単すぎる。

どれだけの痛みを抱えていくのかな
どれだけのかけがえの無いもの、手にしていくのかな

なんせ4日も学校が休みだから
気が抜けてしまって、ふと、感傷的になってみる。

そんな記念日。

see you!

オリオン座

2006年12月25日
今日は星がよく見えるの。
今まで空が曇っていてあまり見えなかったんだけど、
今日はとっても良くみえる。

クリスマスに一人ビールを飲みながら屋上にいます。

冬の星。オリオン座。

日本でも見れる。カナダでも見れる。韓国でも見れる。フィリピンでも見れる。
ドイツでも見れる。アメリカでも見れる。and more...

そして同じ空(宇宙)の下にいる、私たち。

あなたの見ている空も同じならいいな。

明日には見えなくなっているこの空。
深く刻もっと。

夜の風に響く声に怯えた。

オリオンは海の神ポセイドンとアマゾンの女王の 妖精エウリュアレーの間に
生まれた子で、
海の上を自由に歩く事ができる巨人だった。らしい。

(あたしはどっちかっていえば海の上より雲の上を歩きたい)

2つの1等星、ベテルギウスとリゲル。
ベテルギウスは、脇の下という意味。リゲルは巨人の足という意味。

あれ?なんであたしは今星の勉強をしているのでしょう。
さっきまでは英語の勉強してたし。
クリスマスに勉強してるなんて人生初めてです。と断言します。はは。

サンミゲルビールがあたしの友達。

ビールがあってよかったー

外ではばくちくやら花火やらが爆弾みたいにありえない音で連発。
下手したら指が吹っ飛ぶという。
フィリイピンの人のクリスマスの楽しみ方があたしには理解できず。

そんなんだから外にも出られないもので、
冷蔵庫にあった1本の、たった1本のサンミゲルビールが 私の楽しみです、はい。

あ、もうじき終わる。。楽しみが。。。。

あまりお酒の強くない私。
でもビールが旨い。。。
1本でもういい気持ち。。。。

クリスチャンじゃないけど。

家族、友達へ。
Merry X\\\'mas.....With Love....

鍛え、試し、生きろ。

2006年12月20日
これ、今の私へ。

今の自分に何ができるんだ!?
日々自分を鍛え、自分を試しながら、生きる。

でもたまには息抜きしてもいいでしょ。

スパ。(マッサージ。しかもオイル。)。ひさしぶりの贅沢だー。
そしてちょこっとビール。贅沢だー。

基本だめ人間の私が、ちょっと頑張っちゃってる私へのプレゼント。

※注意 毎週とか行かないようにする。

未来のワタシへ

2006年12月19日
ともこ、空を見上げる。 (withビール)

キラキラ星がひとつ。
あれが未来のワタシ。

それもいい。

でも、あの星を光らせている太陽。

それもいい。

星が輝く夜空に太陽を望む
ないものねだりばかりの私。

未来のワタシ。

照らし、照らされる人になれますように。

                  19/Dec/2006 dormitory 屋上にて。

10日たって。

2006年12月17日
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フィリピンに来てもう10日がたちました。早いなー時がたつのは。。。

学校は楽しいです。
teacherはおかまいなしに早口でベラベラ英語を喋る。
ものすごく神経を使う。
この国では現地の言葉、タガログ語と英語が話されています。
ほとんどの人が英語を話せる。
知ってました?フィリピンはアメリカ、イギリスに次いで
3番目に最も英語の使われている国なんですよー。

あと、韓国人の留学生がすごく多いから、学校では英語とタガログ語と韓国語が飛び回っています 笑
韓国人に言いたい。学校では英語で話そうよ!! 
といいつつも、韓国語も教えてもらっている私です。苦笑
韓国人の友達がいっぱいできました。
彼ら、彼女らは、おもてなしが大好き。
色んな場所に誘ってくれるし、いっぱい話しかけて来てくれる。
ま、そんなに上手な英語ではないので(笑)それに慣れてもあんま良く無いけどね。

フィリピンの人の笑顔は本当に和やかになれる。
食事に行っても飲みに行っても、お店に入ると、必ずスーパースマイルで迎えてくれる。
元気がいい。明るい。
そんな印象をどこへ行っても受けます。

10日たってみて。あたしはここでやっていけるのか!?
ということを考えてみた。

 
いける。

今は寂しいとかは思わないかな。
日々の生活に追われ、授業に追われ、必死についていっている。
英語をもっと学びたいという欲が出て来た。
ついでにもっと遊びたい、という欲も出て来た。。。。

でも、最初はとにかく英語!! それから旅に行ったりビーチ行ったりしたいな。

食べ物も全然いける。
あたしやっぱ鈍感みたいで、なんでも美味しい。フィリピン料理も韓国料理もぜーんぶ美味しい。
まだお腹こわしたことない 笑

ムダなものは何ひとつない。何ひとつ持って来ていない。そして何1つ買わない。
いくら物価が安いからといって贅沢はしない。
だってここは日本じゃない。
わたしはフィリピンに住わせてもらっているんだもの。

あまりに差がありすぎるフィリピンの町。
もっともっと知りたいな。
私にとって長く住む所では無いかもしれない。
でも限られた時間の中で、たくさんのことを知れたらいいな。いいことも悪いことも。

It is easy to love the people far away.
It is not always easy to love those close to us...
Bring love into your home for this is where our love for each other must start.
-Mother Teresa-

出来事

2006年12月11日
フィリピンに来て4日目。

まず空気が違うんですね。なんだか独特のニオイがある。
空港に降りた瞬間、もわ〜っとした感じ。雨が降っていたから湿気かなーとも思ったけど、なんかあまったるい独特のニオイ。ま、正直あんまいいニオイじゃないけど、きっとそのうち慣れるのでしょう。。。
てか、私は鈍感、というか環境の変化に慣れやすい人なので、4日目にしてもう慣れきててまっす (・ε・)/

フィリピン人にはフィリピン人特有の顔立ちがあります。ま、どこの国もそうだけど。でも良く見ると、肌の白いフィリピン人らしくないけどフィリピン人の人がいます。
彼らは、スペイン人。
フィリピンは15世紀から333年間スペインの植民地だったんです。
だからスペイン系フィリピン人も多い。らしいです。

日本の車がいっぱいあります。トヨタとホンダが多い。トヨタが一番多いかもねー。ホントよく見かけます。
なんでも日本の古い車や、不良品とか廃車になった車をフィリピンに安く売ったり、寄付したりしてるみたい。
日本の「もう古い」という車はこっちではあと20年は乗れる勢いです。笑。シートがビリビリに破れていても、ぶつけてへこみだらけでも、ドアが壊れていてもお構いなし。全然問題なっしんぐ!!

そしてこっちの交通状態がすごいのですよ。。。。
何がすごいかってね、信号はほとんどない。横断歩道もあまりない。でも道路は大きいので4車線とかあるの。
そこに信号がないんだよー。
みんな自由に車を走らせる。大通でも運転手同士の暗黙の了解で右折、左折がされる。その車の間を平気で渡たる歩行者。。。。

しかもけっこう飛ばすんだ、これが。クラクションがそこらでバンバン鳴る。ほんとすごいよ。。。
あたしこの人達の中で運転はしたくないですねっ。

今日はこちらでお仕事をされている日本人の左藤さんと一緒に寮から学校まで街並を見ながら歩きました。
あいにくの雨だったんですが、それでもやはり暑いです。
歩くと色々な発見がある。
よく見ると道路が汚い。道がヌメヌメしてすべる。。道路が崩れていたりひび割れも多い。
ごみがいっぱい。家が古い。家がゴミゴミしている。犬のうんちがそこらじゅうに落ちてる。

ここは都会なんだけど、一歩横道に入るとそんな風景が良く見られる。驚きがいっぱい。

なんナンダ!?この差は。。。。。
こんな小さな(?でもないけど)町だよ?3分歩くと全く景色が違う。
不思議です。。。色々なことが。

すいませんー。そろそろネット環境が悪くなりそうなのでまた次回。。。。

南国

2006年12月10日
フィリピンに来てから3日がたちました。
3日目にして初めて、勇気を出して銀行まで行くことにしました。一人で。

財布を首からかけてシャツの中にしまい込む。
お金は2つに分けて別々の財布へ。
片手に地図。辞書。紙とペン。
これでヨシ。
と、いざ寮の外へ。

さて、タクシーが心配。いい人もいれば悪い人もいる。
ぼったくられるかもしれない。
まず行き先を告げる。
変な顔をしたりプラス料金を求められたらその場で  No thank you。
乗らない。

なんとかなるさ

とタクシーを待っていると。。。。。寮の韓国人に強制送還された。。。。

銀行まではタクシーで約10分。約100円。
結構遠いし、英語レベルが低い私だし、やっぱり女の子一人では危険だというわけ。

おとなしく一緒に着いていってもらった。

そうだね。
まだここに来て3日。
この環境に慣れるまで一人歩きは自粛しよう。

少しづつ。少しづつ。。。

フィリピン

2006年12月09日
フィリイピンでは、9月っていうともうクリスマスの準備がされているみたい。

12月7日。マニラ到着。

空港に着くとcristmas song を演奏していた。
ツリーが飾られ、警備員はサンタさんの帽子を被っている。

見渡す限り、フィリピン人。そりゃそうか。。。

恐いよーーーーー。。。。

でも。

キョロキョロしながら荷物持って歩いているとたくさんのフィリピン人と目が合うの。
そうするとなんか笑ってくれる。

その笑顔を見ると安心が生まれるのだ。

これが human spectacle...

普段はこんなに空港はにぎやかではないみたい。
クリスマスだから、よその国に出稼ぎに行ったフィリピン人の帰国ラッシュなんだって。

ほんとにクリスマス一色です。

さあ。ここから始まる。私の新しい生活。

日本人の進藤さんが御世話して下さります。安心です。

暑い。。。
喉が渇く。。。
体が熱い。。。

人生

2006年11月23日
何だか最近は涙もろい。。。。
よく泣く。年なのかなあ。。。

色んなことがあって色んなこと感じて色んな人のおかげで今私はここにいる。

一人じゃないということがどんなに幸せなことか。

私は一人で生きてきたんじゃない。

産んでくれた母がいて、その母を産んでくれたおばあちゃんがいて、そのおばあちゃんを産んでくれたひいおばあちゃんがいて。。。。。ずっとずっとバトンしてしてきて今の私が存在する。

こんな私でも、生かされていることに感謝します。
自分の人生を、自分の意志で選択できる環境にいることを感謝します。

私の父は私が小学校の時に事故で亡くなりました。
姉は産まれてすぐに病気で亡くなりました。
どんなに生きたくても、生かされることを許されない人もいる。
私は生きている。
私に魂を入れてくれた神様は、私にまだ生きろという。
まだ神様に生かされている。

父の人生を。姉の人生を。私は代りに生きている。
そして。。。飛晞。。。

父の死が私の人生の原点だったように思う。
もし父があの時生き返ったら、私は全く違う人生を歩んでいただろう。
芝居と出逢うこともなく、大好きな仲間達と出逢うこともなく。

そして、私はまた違う人生を選択した。
先は何にも見えない。そこに確かなものなど1つもない。
新しい環境、新しい人間。新しい世界。
正直、恐い。

だけど、何だかわかんないけど、もう行くっきゃない。

新しい晞望を持って飛び込むしかない。