アジアのココロ〜アンコール〜
2007年06月11日 16:16:00

カンボジア滞在2日目、夢にみたアンコールワットへ向かいました。
今日のスケジュール。午前中アンコールトム→ 昼休憩→ 午後アンコールワット。
アンコール王朝の栄えた9〜14世紀。
ヒンドゥー教の神様に捧げる寺院、そして王自らを埋葬するために作られたアンコールワット。
アンコールは「都市」を表わす。ワットは「寺院」を表わす。アンコールワットは寺院都市。
そしてもう1つ、アンコールトム。これはアンコールワットより後に王によって建てられた都。
トムは「大きい」を表わす。つまり「大都市」
このアンコールワットもかつては栄えた都であった。
私はカンボジア人のガイドを付け一緒に世界遺産を回ったのだが、彼、日本語はかなり旨いんだけど、全て聞き取るのにはかなり困難で時間が惜しいと思った私は、ガイドを待たせ一人で回った。ごめんね、ガイド君。
人間もライオンも鳥もトカゲもシカもサルも鵞もクモもゴキブリも、水の中に住む物言わぬ魚達も、
生きとし生けるもの、全ての生き物達は、悲しい輪廻を終えて消えて行く。
語らぬものの「真実」。此の世で「言葉」が何の役に立つだろう。言葉という「表現」は時に真実を覆い隠す。でも密林の中に静にたたずむ遺産は全てをあからさまにしようとしているような気がした。
「儚い」ものが私は好き。
例えば雪。消えて無くなってしまうから美しい
例えば花。散ってしまうからこそ愛らしい。
例えばお金。無くなってしまうから貴い。
もし。一年中雪や花が、同じ姿形で残っていたらそれは厄介扱いでしょきっと。
もし。使っても無くならないお金だったとしたら、あ、それはありがたい♪て、こらあたし。
そしてその無常なる儚いものの代表が私達「人間」
だから人間は儚いものが好きなのかもしれない。
あ、だからすぐに消えて無くなっちゃうものを手にいれようとするのかな私達は。?
しかし、この巨大すぎる遺跡達は消えてなくなったりしない。滅びたりしない。(地震さえなければ)
黙りかえった千年の歴史が威風堂々とまるで人間に舌を出して笑っているよう。
私はこの絶景に魂と言葉を抜き取られたような気がした。たかが80年の命の人間が、千年の歴史にどう勝てよう。
しかし。その永遠と言えるであろう生きた遺跡、その千年の歴史は「人間」の手によって作られた。
誰がどうやってこんなバカでかい寺院やら王宮やら、阿弥陀様やら仏様やら阿修羅を創案し、創造したのだろう。何の為に?
回廊を歩くと壁に、天井に刻み付けられている数限りない彫刻。
何を思って人々はこの石に彫刻を刻んだ?
これを「芸術」だと言う人、本でも「芸術」と言っている。
私はこれらを芸術なんて安い言葉で収めたくない。
大芸術だ。 (やはり日本語が足りない)
人間が生み出すあらゆる産物は、人間の力だけでは不可能なある絶対なる他力が加わって造り出される。
私は思う。人間では決して手の届かない宇宙意志の力によって此の世のありとあらゆるものが刻々と変化しながら造りだされ、生まれては滅んで行く。
そして私はある悟りを開いた。
「人間」とは何か。何の為に生まれ、何の為に生き、何の為に死んで行くのか。。。
何処から来て、何処へ行くのか。。。
と、無い脳味噌を使い過ぎてしまったのでお腹が空いて来た。
美味しいご飯を食べたい。心臓ドキドキするまでビールが飲みたい。
あ、でもお金がない。。。
誰かかっこいい(願わくば勘三郎みたいな)色男におごってもらえないかしら。
変わりにイチャイチャしてあげるから。
結局何にも悟っちゃいない。
人間やめてしまえ。
そしてまた次回に続く。
え、もう飽きた? ヽ(`○´)/
此の世は人情助け合い〜♪
今日のスケジュール。午前中アンコールトム→ 昼休憩→ 午後アンコールワット。
アンコール王朝の栄えた9〜14世紀。
ヒンドゥー教の神様に捧げる寺院、そして王自らを埋葬するために作られたアンコールワット。
アンコールは「都市」を表わす。ワットは「寺院」を表わす。アンコールワットは寺院都市。
そしてもう1つ、アンコールトム。これはアンコールワットより後に王によって建てられた都。
トムは「大きい」を表わす。つまり「大都市」
このアンコールワットもかつては栄えた都であった。
私はカンボジア人のガイドを付け一緒に世界遺産を回ったのだが、彼、日本語はかなり旨いんだけど、全て聞き取るのにはかなり困難で時間が惜しいと思った私は、ガイドを待たせ一人で回った。ごめんね、ガイド君。
人間もライオンも鳥もトカゲもシカもサルも鵞もクモもゴキブリも、水の中に住む物言わぬ魚達も、
生きとし生けるもの、全ての生き物達は、悲しい輪廻を終えて消えて行く。
語らぬものの「真実」。此の世で「言葉」が何の役に立つだろう。言葉という「表現」は時に真実を覆い隠す。でも密林の中に静にたたずむ遺産は全てをあからさまにしようとしているような気がした。
「儚い」ものが私は好き。
例えば雪。消えて無くなってしまうから美しい
例えば花。散ってしまうからこそ愛らしい。
例えばお金。無くなってしまうから貴い。
もし。一年中雪や花が、同じ姿形で残っていたらそれは厄介扱いでしょきっと。
もし。使っても無くならないお金だったとしたら、あ、それはありがたい♪て、こらあたし。
そしてその無常なる儚いものの代表が私達「人間」
だから人間は儚いものが好きなのかもしれない。
あ、だからすぐに消えて無くなっちゃうものを手にいれようとするのかな私達は。?
しかし、この巨大すぎる遺跡達は消えてなくなったりしない。滅びたりしない。(地震さえなければ)
黙りかえった千年の歴史が威風堂々とまるで人間に舌を出して笑っているよう。
私はこの絶景に魂と言葉を抜き取られたような気がした。たかが80年の命の人間が、千年の歴史にどう勝てよう。
しかし。その永遠と言えるであろう生きた遺跡、その千年の歴史は「人間」の手によって作られた。
誰がどうやってこんなバカでかい寺院やら王宮やら、阿弥陀様やら仏様やら阿修羅を創案し、創造したのだろう。何の為に?
回廊を歩くと壁に、天井に刻み付けられている数限りない彫刻。
何を思って人々はこの石に彫刻を刻んだ?
これを「芸術」だと言う人、本でも「芸術」と言っている。
私はこれらを芸術なんて安い言葉で収めたくない。
大芸術だ。 (やはり日本語が足りない)
人間が生み出すあらゆる産物は、人間の力だけでは不可能なある絶対なる他力が加わって造り出される。
私は思う。人間では決して手の届かない宇宙意志の力によって此の世のありとあらゆるものが刻々と変化しながら造りだされ、生まれては滅んで行く。
そして私はある悟りを開いた。
「人間」とは何か。何の為に生まれ、何の為に生き、何の為に死んで行くのか。。。
何処から来て、何処へ行くのか。。。
と、無い脳味噌を使い過ぎてしまったのでお腹が空いて来た。
美味しいご飯を食べたい。心臓ドキドキするまでビールが飲みたい。
あ、でもお金がない。。。
誰かかっこいい(願わくば勘三郎みたいな)色男におごってもらえないかしら。
変わりにイチャイチャしてあげるから。
結局何にも悟っちゃいない。
人間やめてしまえ。
そしてまた次回に続く。
え、もう飽きた? ヽ(`○´)/
此の世は人情助け合い〜♪