DUST BOX

Divine Light

2007年04月07日 00:37:00
フィリピンに来てすでに4か月が過ぎ去ろうとしている。
来た時はあと6か月もある。。。と思っていたのに、もう2か月しかない。。。。

早すぎる。。。日本に帰りたいと思わないのが不思議。もっともっとここに居たい。

ここに来て私の期待していたこと、望んでいたことがどんどん猛スピードで成し遂げられていっているような気がする。
与えられている。
私がこっちに来た時なんてなんのあてもなく、こんなに世界が広がるなんて思っても見なかった。
望んでいたことがこんなに早く叶うなんて予想して無かった。
セブに行った。ボラカイに行った。フィリピンと言う島国の良い所を見た。

トンドに行った。スモーキーマウンテンに行った。スラムに行った。最下層の生活をしてる人を見た。
ペレーズに行った。電気もほとんど通ってないような島で生きる人々の生きざまをみた。
エネルギッシュな情熱を感じた。 
誰もが生きるために食べている。食べるために生きている。
決して贅沢な生活をする為ではない。金持ちになるために働いているわけではない。
ただ明日を生きるために生きている。
だた子供達を明日生かすために、学校に行かせる為に働いている。
働く。ということ。階級、生活レベル。。。

私は?。。。。。
やりたいことをやるために生きてる。

やりたいことがある。。。。

彼女、彼らに選択肢があるのか。夢を見ても現実はそうもいかない。
でも、その夢が希望であり、生きる情熱。。。

日本に産まれたと言うだけで裕福でやりたいことが思切り出来る自分。
でも裕福すぎて目の前のちっぽけな幸せに気づけなかった可哀想な自分。
そんな自分を見返る。
そして己を知る。
知るごとに自分が1つ1つ大きくなって、でも1つ1つ小さくなっていったりもする。

前私の住んでた一流の寮から見えるスラムの人達を可哀想に思ったりした半面、
自分が淋しい時とか、そこから聞える音楽と笑い声から「可哀想なのあたしじゃん」
と思って悔しかったり、
見下したり見下されたり。。。
天国と地獄の様な差のある場所でも幸せというのは平等にやってくるような気がします。
心は平等であるんだと思います。

そう思ったらこんな貧乏なフィリピン人と裕福な私でも、何にも変わらない。
誰が貧乏だなんて誰にも決められない。誰が幸せかなんて誰にも決められない。
自分のものさしで人を測れない。
幸せかどうかなんて自分が決めればいい。

いつの間にか描き続けてきた「なりたい自分」
なりたい自分だけじゃ、小さすぎるんじゃないかな。と思い始める今日この頃。
人生っていつもころころ変わって、求められるものと求めるものがうまく一体化しなかったり。。

自分の望んでいる人生と、与えられる人生が必ずしも同じとは限らない。。。。。。。

「なりたい自分では小さすぎるのさ」

「もっと大きなモノを求められてるのだ、私は」

未知の世界には必ず希望がある。

世の中に毒されず、超越したところにいたい。
そして誇れる自分であり続けたい。

と。。。ふと思う。。。。